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8月25日(金)~27日(日)  支援に行こう東北へ 第13弾の活動

1 日 程   平成29年8月25日(金)〜27日(日)

2 支援活動場所   宮城県南三陸町  

     受付:南三陸町ポータルセンター    

       0226−25−7522

      〒986-0725  宮城県本吉郡南三陸町志津川字御前下51−1

       実際の支援場所

      入谷地区  恩送りファーム 南三陸農工房

3 参加者 8名 

     渥美農業高校生1年:1人(女子)3年:1人(男子)・成章高生1年:2人(男子)・大人:4人

4 支援物資

  山手水産(伊良湖):冬瓜2個入り20箱  

(野田):冬瓜5個入り4箱・かぼちゃ1箱・スイカ・黒瓜3箱

林さん:米(20Kg)2袋

渥美半島の8月は野菜の端境期である。この時期に、これだけのものを提供してくれるのは、本当にありがたい、感謝である。

 これまで訪問していた歌津中学校仮設住宅が6月に撤去されたということで、支援物資はどうしようか迷った。しかし、最後の支援活動、どこかに届けたいということで相談した結果、ポータルセンターで受け取り、26日の夕方開催される「志津川湾かがり火まつり福興市」で配布してくれることになった。

5 活動詳細

 【 1日目 8月25日【日】 】

6:00  めっくんはうす 集合 出発

6:15  「トヨタすまいるプラザ田原」にて支援物資を積み込み再出発

7:00  豊橋駅で2人乗車   

14:45  福島県楢葉PA 通過富岡・双葉・浪江・南相馬 と常磐道を進んでいく。窓の外には、荒れ果て

た田畑が広がる。ところどころに水田が見えた。しかし、点在する家屋には人の気配がない。至る所に汚染した表土を集めた袋が積まれている。

去年の夏も、その前の夏も同じだ。草だけが青々と育っている。一昨年、遠くに見ることができた牛の姿は見えなかった。昨年と同じく悲しく寂しい景色だ。

原発事故により、何年たっても回復していかないことに怒りさえ覚える。「帰還困難区域」の看板が妙に目立った。原発事故で起きた放射能の恐ろしさをもっと多くの人が知らなければならないと強く思った。改めて、再稼働なんてとんでもない話だと強く思う。

15:45  宮城県山元町に入る  

亘理・岩沼・名取・利府JCTを通って三陸道へ  松島・石巻

16:40  鳴瀬奥松島IC    

17:25  延伸して新しくできた志津川IC

17:40  南三陸海岸IC  現在:三陸道の最終IC

18:00  今まで訪問していた歌津中学校の仮設住宅は6月になくなった。結果、途中コンビニによって買い

物をしも、例年よりも1時間ほど早く、宿泊場所となるニュー泊崎荘 に到着。4年前から宿泊している。そのたびに宿泊プランが変化していったが、こちらの予算に合わせて4年前と同じ値段で泊まらせてもらう。食物アレルギーへの対応を今回もお願いをした。快く受け入れてくれることに感謝である。

 

【 2日目 8月26日(土) 】

8:15  宿出発   コンビニで昼食を買う。活動中のお茶や弁当保存のための氷なども買い入れる。

9:00  南三陸町ポータルセンター着。支援物資として持ってきた「冬瓜などを下した。昨年から制度が変わって「南三陸応援団」に登録した後、「おでって」を募集している施設を選んで申し込むという形になり、本年度は、6月に申し込んだのは「かがり火福興市」の手伝いだった。  

 しかし、2週間ほど前になって南三陸町応援団事務局から、「福興市の希望がとても多いのおでっての場所を変えてほしい」という連絡があった。結果、昨年度も受け入れてくれた「恩送りファーム 南三陸農工房」で行うことになった。

9:10   応援団の受付をして支援場所へ出発。入谷という地区にある「学びの里いりやど」でワゴン車に乗

    り換え、「南三陸農工房」へ。自宅だという家に9:30頃到着。前日の話では、ネギの収穫と出荷作業ということだったが、夜明け前の豪雨でネギ畑は入ることができなくなり、加工用に育てているリンゴ畑での活動となった。豪雨で落下したリンゴを、加工用に使えるものと使えないものに分けて拾い集めてコンテナに入れていく。

 休憩時、昨年も参加した高校生を紹介した。すると、ああ、なんとなく覚えているという話から、他所は台風でネギが倒れてしまったけれど、作業をしてくれたおかげで無事だった感謝の言葉を聞くことができた。

   10時の休憩をはさんで2時間ほど作業した   後、今度はブドウ畑に移動。切り開かれた山の中腹に、一列20本のブドウが15列ほど植えられていた。春に植えたばかりだというブドウの木は、まだ若く、背丈は1Mほどしかない。まずは、その木の下草刈り。斜面を下りながら、草をカマで刈っていく。単純な作業だが、参加者は黙々と続けていた。

 お昼の休憩時には、家で作っている桃の差し入れがあった。おいしかった。午後の活動は、まずは午前中に残ったところの下草刈り。それが終わると、成長して支柱から離れてきたブドウの幹、というか枝を支柱に括り付けるという作業となった。

 参加者の中で唯一の女子は、農工房の奥さんたちと笑顔で話をしながら作業をしていた。以前から知っているかのような、とてもよい雰囲気で話をしていた。14:30に終了ということで、半分程度の木を支柱に留めることができた。

 14:30  農工房さんの自宅に戻る。集合写真を撮って帰ろうとすると、午前中に収穫したリンゴを持っていけという。女の子は、遠慮していると、2袋も入れてくれて、渡されていた。

  農工房の社長は昨年10月に脳梗塞を患い、5か月の入院をしていたと聞いた。本人も大変だが、一緒に働いて生きた人たちも大変だっただろうと思う。3年後にはワインを作りたいと、退院した後ブドウの木を植えたという。意欲と病気に負けない強さに感心。3年後、無事にワインができることを祈りたい。

15:00   ポータルセンターに戻り、活動報告。その間に、参加者にはポータルセンターに入り、被災時の

   写真を見てもらった。さんさん商店街に行く前に、防災庁舎に寄った。周辺の工事のために、一昨年から間近まではいけない。今年はさらに遠くに、献花台が置かれていた。献花台越しに横から見る感じだった。手を合わせて祈った。

15:15   街の中心部に本設移転した「さんさん商店街」に行く。商店が入り組んでいた仮設の時とは違って、両側に商店が並び、すっきりとした感じ。間の通路も広くゆったりしている。中央に設けられた休憩所は広くゆっくりできる。毎年寄っていた「わたや」さんも広くなり、元気そうだった。   

  1時間ほど過ごした後、福興市へ向かう。その時、さんさん商店街よりも高く山になっている場所に人がいるのを発見し、寄ってみることにした。

  なんとそこは、「見晴らし台」となっていて頂上は、四方に展望が  広がる高さの山だった。周囲に眼をやると、まだまだ盛り土を進め  ている光景が間近に見えた。高架を持った新しい道路も作っている。港はきれいに整備されている。川は何メートルも高い護岸工事が進んでいる。遠くに志津川中学校が見えた。

 今まで街の見学のために校地に入れてもらっていたが、この日は土曜日で、電話をしても誰も出るとはなかった。高台から街全体を一望するということはできなかった。

 16:30  「志津川湾かがり火まつり福興市」に寄る。震災の1年後には港の北側に仮 設魚市場ができていた。その近くの浜を整備し、目の前の荒島に渡る橋も直して、「サン オーレそではま」という広い公園になっている。いくつかの露店が並び、物産の販売をし

ていた。会場にはかがり火を燃やす篝が何基も置かれていた。

 イベントの最終には「三河手筒花火」がプログラムされていた。宿に帰る都合でその時間までいることはできず見られなかったが、なんとその手筒花火は新城市の職員有志20人が来て花火を上げるという。今年で3回目らしい。行政的な派遣支援ではなく、有志の南三陸を盛り上げようという心が素晴らしい。

18:15  途中コンビニで買い物をして宿に戻る。夕食は毎年おいしいものを提供してくれる。安い料金で泊めてもらっているのに豪華な食事に感謝である。「ホヤ」を食べたのもこの宿が初めてだった。このは、サケの炊き込みご飯に、イクラが小鉢で ついていて、炊きあがったご飯にイクラをかけてかけて食べるハラコ飯だった。

 

【 3日目 8月27日(日) 】

8:45   昨年と違い天気も良さそうなので、朝ゆっくりできるように朝食の時間を遅くしてもらい、この時

   間に出発。近くの海岸は工事の真っ最中。何メートルあるのか、高い防潮堤築かれつつあった。途中のガソリンスタンドの脇の木には、津波の時に打ち上げられたという浮 きが引っ掛かっていた。10Mを優に超える高さだ。これまで何度もとおている道だが、誰にも教えられず知らずにいた。今回、バスのドライバーが偶然ガソリンスタンドで震災の時の話を聞いたことで存在がわかった。

 

9:15   三陸道 南三陸海岸IC

13:00 那須高原SA着   昼食を食べて出発 13:45

15:10 羽生PA 15:20

      渋滞がないということで、帰り道は東京の真ん中、隅田川沿いに走る6号線を通ってもらった。    19:20 遠州豊田SA 19:30

20:00 豊川IC

20:30 豊橋駅で2人を下す。

21:00 めっくんハウス着

 

 今回の活動に際しても市内の何箇所かに募金箱を置かせてもらった。昨年の活動が終わって資金的に苦しかったために実施するかどうか悩み、改めて募金箱を置かせてもらうことを頼むのが遅れてしまったが、多くの人から支援金をいただくことができた。また、報告書の1ページ目に書いたように、冬瓜などの野菜を今年もたくさん提供してもらった。本当に感謝である。

昨年まで、高台から街を見下ろし、街中の新しい道路を通って眺めてきたが、いつになったら街は戻るのだろうという思いが強かった。しかし、今回、中心部は盛り土が完成し、さんさん商店街も本設移転していたし、周辺には商業施設がいくつも建っていた。三陸道も志津川の街を通り過ぎて歌津の手前まで伸びていた。南三陸海岸ICを降りて宿へ行く途中では、JRの復旧工事が進んでいた。川や海岸の護岸工事も進んでいた。復興の姿、復旧の工事の方法には賛否があると思うが、確実に復興に向けて急ピッチで動いている様子に、今まで感じたことのない安心感があった。もう大丈夫だという。

前日に連絡をし、福興市で会った三浦さん(仮設住宅の代表をしていた)も元気だった。新しい住宅地に仮設の人たちが5~6軒近くに家を建てたと話していた。

今回の活動で亀の子隊としての現地まで行く支援活動は改めて区切りとする。今後は南三陸町応援団としてかかわり、もう少し支援を続けたいと思っている。一昨年から実施している市民祭りでのチャリティ南三陸物産展などやれることはいろいろあるだろう。昨年、「一度は渥美半島に行ってみたい。暖かいところなんですよね。」と言っていた仮設住宅の人たちを招くことができるといいなぁと思う。

 

 《 活動資金の支援をしていただいたみなさん 》

 

【募金箱設置店】ワンフー田原店  豊川堂田原店  イトウ写真館 小川石油  喫茶エール  六連タカ 

        赤羽根はないち 豊橋ボンファン  田原市美術サークル展  渥美まつり

【支援金】   個人 4  

 

                        

                     ありがとうございました。

 

suzuki * クリーンアップ活動 * 14:00 * comments(0) * trackbacks(0)

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